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<<   作成日時 : 2017/05/02 21:55   >>

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世の中に報道されていることのかなりの部分は
要約してしまうと、
「どっちが勝つのか」ということである。

そのもっとも先鋭的なのが「戦争」であろう。

経済紙では「経済戦争」が主題である。
いかにライバルを負かして、
自分たちのほうがより多くの利得を得るのかばかり追求している。

     ●

そういう経済戦争ビジネスに明け暮れて、
家に帰ったら帰ってきたで、
今度はプロ野球とかサッカーとかの勝敗に意識を集中する。

その人たちにとってはそれが救いなんだろうが、
私にはあまり、というかほとんど興味がない。

スポーツが苦手なのは、
ほとんどのスポーツが勝負をつけるためにやるからである。

寝首をかく、とまでは言わないが、
いつでも相手を負かすことを考えなければならないのが
勝負スポーツの哀しさである。

社会生活の基本的ルールのひとつは
「人のいやがることをするな」であるはずなのに、
人を打ち負かして、負かされたほうが
楽しいわけはないんだからいやな思いをするわけで、
しかし学校でスポーツを奨励しているのは不思議である。

今はどうだか知らんけど、
就職活動で体育会系の学生のほうが企業受けがいい、というのは、
ビジネス世界の競争モードや組織活動に
勝負スポーツの価値感が一致しているからであろう。

学校というのは、産業社会に適合しやすい人間を
大量生産することを目的にしている。

     ●

ま、そういう「偏見」が私はスポーツに対してあるから、
サイクリングや自転車の旅がスポーツだとはあまり考えない。

楽器演奏がかなりの身体能力や練成を要したとしても、
それを「スポーツだ」という人がいないのと同じようなものである。

     ●

これは人に聞いたことの受け売りでもあるけれど、
スポーツを見ていると(ろくに見ないが)、
その選手の人間性が現れるのは、
師や先輩を乗り越えてゆくときであると言われる。

はっきり言えば、それまでかなわなかった、
あるいはそれまで教えてもらっていた人々を
打ち負かして自分のほうが上に行くときである。

そのとき、深々と頭を下げる人が多いのだろうか。

いや、そうではないようだ。

どうぞ、自分の周りやスポーツニュースを
よくごらんになってください。

私に純然たるアスリートの友人がいないのは
多分にそういうことを見たくないからだろう。

別に人がやるのを止めはしないが、
近寄ることもない。

     ●

ナマステ。ピース。アドナイ。










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