テーマ:シクロツーリスム

五能線を思い返して

「五能線の追憶(その1)」を note にアップしたでね。 どうぞよろしく。 五能線沿線は2度訪れたことがあり、 最初は1994年の9月、 2度目は2008年の4月末だった。 私の小説集、 『丘の上の小さな街で』に収録されている 「ウェザー」は五能線沿線を舞台にしている。      ● 家並みの詳細…
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旅をすることの背景

旅をすることの意味を考えようとすると 果てがないことに気づかされる。 宇宙論のようなものである。 もちろん、ここで言う「旅」とは、 われわれがやるような旅、 すなわち、世界という書物をたとえその1ページ、 1行でも読み解こうとする旅だから、 必然的に個人がベースの活動になる。 気の合う親しい仲間と出かけること…
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振り返る旅の切なさ

連休中はとりたてて遠出もしなかった。 ポタリング程度には走ろうと、友人と予定したのだが、 あいにく天気がかんばしくなく、中止と相成った。 note では連休中から紀行文を連載している。 それも1994年、25年も前の旅だ。 note の当該紀行文、「前橋から銚子への遠回り」の 初回のURLはこちら↓ htt…
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連休に走るところ

10連休なんて、どう道が混むか予想もできないね。 有名観光地にはあまり近づきたくないな。 カーサイクリングも渋滞は避けたいしね。 新幹線や特急は混むだろうが、 案外、ローカルな各駅停車は空いてるかも。 輪行するとしたらそういうのにするね。      ● もともと走らないけど、 幹線道はやだね。 ラン…
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商品化できないもの

近代という時代の特質のひとつは、 なんでもかんでも商品化しようとすることだったのかもしれない。 これを、換金化(マネタイズ)と言っても同じことである。      ● 自転車の旅だって、 一見それらしいイベントに商品化することもできる。 ある時期から私はそういう方向性に どうにも居心地が悪くなってたまらなくな…
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走り初め

あけましておめでとうございます。 きょう1月3日、 自転車の走り初めをしたのであった。 市内を軽く流しただけだけどね(^ ^)。 ま、気持ち良かった。 山の匂いがするところまで行きたかったんだが、 時間も限られていたので、 市街地が中心だった。      ● それでも部分的に旧道など走って、 …
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旅へ誘うもの

今日は午後に用事で出掛けてね。 いや、たいして遠くじゃないんだ。 平野部の端っこの、低山の山裾でさ。 車を降りてちょいと風に吹かれたら、 山の匂いがするじゃないか。      ● それだけのことなんだけど、 山里を探訪して走り回ってた頃が思い出されて、 なんかちょっと少し遠出したくなっちまった。 長野県…
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冬がいいところ

道楽で自転車に乗るようになって40年あまり。 いまさらこんなことを言うのも気がひけるけれど、 静岡はどの季節がいいのか、最近になってあらためて思った。 冬がいいのである。 ま、ほぼ平地の話だけどね。      ● 首都圏の勝手知ったるベテランツーリストは、 冬場、静岡を輪行などで訪れることが多いようだ。 …
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なぜそのような旅なのか

なぜわれわれシクロツーリストが求めるような旅が、 世の中でもてはやされるような豪華な旅や、 商業化されイベント化された旅と異なるのか。 そういうことを考え続けているあいだに 自分自身も50代の後半になってしまった(^ ^)。      ● 浮世が求めるのは、 たいがいにおいて、見栄えのよい、わかりやすい、 安…
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旅することは静止すること

旅には移動がもちろん必要だ。 が、旅を旅たらしめることのひとつは 止まること、静止することだ。 ランドナーをランドナー足らしめている機能を見よ。 キャリア、フロントバッグなどによって 成り立っている旅装は、 走行中はそれを運ぶこと以外にはほとんど利用しようがなく、 車体を路傍なり、目的地なり、 どこかに停車させて…
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似て非なるもの

ますます自転車と関係のない画像だな(^ ^)。 だが今日はシクロツーリスム関連の話題なのだ。      ● シクロツーリスムと地域的観光事業に 関わるような仕事からリタイアして10年近く経つ。 それに関係のある本を書くことは別だけどね。      ● ガイドサイクリングなどを含む シクロツーリスム…
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旅の方向について

週末の午前中に、 都市近郊の路線で電車旅をする番組があり、 ふらっと駅で降りて、いろんな店に立ち寄る趣向で、 もう何年もずっと続いている。 けっこう面白いので、 点けたテレビでああまたやってるな、とつい見てしまう。 駅からは徒歩なので、 キャスターによっては路地に入ったりもする。 なかなか面白い。 たぶ…
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円形金属依存症

どうもね、円形の金属的な物体に、 ある種の人々はどうしても 惹きつけられちゃうみたいなのだ。 まずもって、円と言うのはこの3次元世界にあっても、 完全さというものをもっとも体現している図形である。 円というものはそれだけで人を惹きつける何かがあり、 単にそれは数学的な精緻さや完全な均衡を 象徴しているばかりでな…
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遠い春の日

そうだね。 10年前の春は、今とは少し違う思いだった。 東日本大震災はまだ起きていなかったし、 自分も今よりは若かったし。 若かった分、 人間というものがまだ見えていなかったから、 無益な期待もしたものだ。      ● 自転車の旅のようなものは、 啓蒙されてやるようなものじゃない。 本を読ん…
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カルチャー全体

もう一年くらい前のことだろうか、 旧くからやっている人にはよく知られた アウトドア系遊びのプロショップで、 店主氏と世間話をしていて、 「今は業界にカルチャー全体を語れる人が いなくなってしまった」と彼が言ったことをよく記憶している。      ● 確かにそうかもしれない、と思ったのであった。      …
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旅自転車の「ブーム」は去ったのか

首都圏にあったツーリング系自転車の専門店などが どうやら数を減らしているらしい。 パーツはむしろ以前よりも入手しやすくなったと思うが、 残念なことではある。 しかしそもそも、 実際に自転車で旅をするような人は増えていないようだから、 それも無理はないかという気がする。      ● 旅の道具としてどんどん…
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なんかおかしな「自転車の旅」

近年はTV媒体でよく「自転車旅」的な番組をやっている。 それ自体はけっこうなことだと思うが、 どの「自転車旅」番組を見ても、どうも私には「?」となるのである。 旅をする人が実に軽装なのである。 ウエストバッグとか小さなバッグを ひとつつけているくらいで、 それだって、せいぜいウインドブレーカとか 最低限のツール…
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センチメントの違い

なぜ、ソロや少人数でやるような シクロツーリスムが、こんにちの自転車道楽の主流に ならないかをこれまで何度も考えてきたのであるが、 やっぱりまた同じようなことに思い至ったのである。      ● 私の仲間や私が愛好するようなシクロツーリスムは、 最近あちこちの自治体がやっているような 有償のツーリングイベントとはい…
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柿よ、柿

秋の色は柿の色か。 つるべ落としの夕陽の色もまた柿に似て。 生まれ育った界隈に 柿の木などろくになかったけれど、 この果樹は郷愁そのものに染まっている。      ● ナマステ。ピース。
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幼年徘徊

昔ながらの路地に入り込むと、 幼年時代の記憶が秋の陽に照らし出され、 そして暖められる。 タルコフスキーの映画の中で、 「人は過去を振り返るとき、もっとも善良になる」 というように語られていた。 そうかもしれない。      ● 秋ののどかな午後は、 時間を静かに遡る船のようでもある。    …
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まほろばのほとり

古道のほとりを辿るようなサイクリングで、 個人的にいちばんそそられるのは、 「古代」の残照を感じるところなのである。 日本史で言うと、 平安時代以前 (もっとも平安時代の定義そのものも最近は変化しているようではある) の、史実があんまりはっきりとしていないくらいの古代である。 もっと言えば古墳時代の頃とそれ以前…
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近傍に見ゆ

秋の日の散歩道。 家から1時間もかけずに自走で行ける範囲だ。      ● 若い頃は遠くに行かないと 里道の気分にもなかなか浸れなかったのであるが、 今では、近いところでも愉しめちゃうところが 変わったといえば、変わった。      ● 里道のいいところは、 スピードにほとんど利がないことで、 …
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旧い道の匂い

かれこれ10ヶ月ぶりくらいにポタリングしてきた。 まったく乗ってなかったわけじゃないが、 コーヒー沸かす道具持って友だちと出かけたのは本当に久しぶり。 付きあってくれた出力過剰T君も かなり久しぶりのサイクリングだったもようだ。      ● 市内でかれこれ一年以上前から気になっていた道に入り込んで、 ひた…
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馬鹿者としての見識

見識というものはふつう、 偉くなるために必要だと思われている。 だが、馬鹿者になるためにも、必要なのかもしれない。 馬鹿者は確信犯的でなければならぬ。 偉くなったつもりで馬鹿に見えるというのは、 馬鹿になることを最初から選んでいることとは違う。      ● 私にとって自転車で旅をするなどということは、 …
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2007年5月

旅系自転車雑誌の取材で飯田線周辺を 巡ったときの画像。 大田切川のところですな。      ● いちばん最初にこの辺りを走ったのは、 1979年の9月。 大田切川の白っぽり河原はよく記憶していた。 静岡を出て3日目の昼前くらいだった。 1日目は甲府の手前まで走り、 2日目は伊那市街地に泊り、 3日…
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10年前の今頃

10年前には仕事でもそこそこ遠くへ出かけていた。 これは長野県飯田市の郊外。 ほぼ毎月行っていたね。      ● タイムライン的には10年前で間違いないんだが、 個人的感覚では20年くらい前のようだ。 それだけ世の中も自分も変化したからだろう。      ● シクロツーリスムの世界の周辺…
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追憶のような道

ボケを狙ったわけじゃないんだが、 AFが合う前にシャッターを押してしまったか、 妙に実感のある遠景アウトフォーカス写真になっちまった(^ ^)。      ● 久しぶりに中古デジイチを買ってね。 EOS Kiss の X4。 発売時期は2010年だから今から7年くらい前のモデルで、 自分で中古を買う場合…
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駅そばの光景

「速報。 視線検出メガネと同期する 電磁的フリーエネルギー・ジャイロ装置により、 自転車に乗れない人でもすぐ乗れる自転車が発明されたもよう」 という虚報をエイプリルフールでやってみたが、 「米抜きでTPPを検討」というニュースのほうが もっと馬鹿げていて、こちらにはかなわない(^ ^)。 もうほとんど政府は錯乱…
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春の日

2年前の3/30のスローサイクリング時の画像。 ちょうどこれをアップしようと思っているときに、 首都圏の先輩からこのあたりを走ったという メールを頂戴していたことに気付き、驚いた。 共時性現象というべきでしょうな(^ ^)。      ● 東京も遠州も桜の開花が始まったようですが、 近所ではまだ開花を見…
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春と樹木

先輩の写真を参考に今しがた描いた画像。 辛夷(コブシ)の花をホワイトで表現したつもりだったが、 背景の空(鉛筆)に対して主要な描線が筆ペンだったので、 コントラストがつきすぎてホワイトのトーンをほとんど拾えなかった。 ま、それはともかく、 辛夷の花というのは桜よりも早く、桜よりも短く、 ここで宴会をやる人もいない…
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