「君の名は。」を観て

新海誠監督の「君の名は。」が昨夜テレビ放映されたので、
画面に張り付くようにして見た。

絶賛されるのももっともだというくらい、
よくできた作品だったと思うが、
個人的には、別の思いもある。

いやもちろん、ポジティブな評価だけどね。

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<以下、物語の内容にふれる部分があるので、
知りたくない方はスルーしてください>

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アニメだから、映像表現の可能性はそれこそ無限にある。

しかし、この作で印象的だったショットは、
木漏れ日の中を自転車で走るところとか、
電車が交錯する新宿駅の風景とか、
青空とか雨とか水面とか、
ようするにふつうに日常的に存在するものなのだ。

ただしそれらを、現実よりも現実らしく、
現実以上に美しく見せてくれる。

そういう語法なのである。

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ローアングルで扉が閉まるショットも典型的だ。

同じ扉のモチーフで、いくつか変奏があった。

これはありそうで、ほかで見た記憶がない。

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まあ、そういう、映画論みたいなアプローチでも
いくらでも語ることはありそうな気もするけど、
個人的にいちばん重要だったのは別のことだ。

このアニメ映画は相当に高い評価を得たし、
もちろんそれは正当だと思う。

しかしそれ以上に、
多様な世代がこの作品を見て心を動かされたはずである。

それはなぜか。

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答えはシンプルなのかもしれない。

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非常の多くの人々がこの作品に心を動かされたことは、
劇場公開時の社会的現象とも言える大成功が証明している。

もちろん私もテレビ初放映で画面に釘付けになっていた。

涙した人も多かろう。

なぜなのか。

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それはこの作品の中に真実が含まれているからではなかろうか。

真実だが、われわれが気がつかなかったことが
語られているのであろう。

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男女の主人公は、荒唐無稽ともいえる設定の中で
たがいの存在を徐々に知覚してゆく。

それぞれの心魂が入れ替わってしまうわけだから、
まずこの世界ではありえないことだ。

女学生の男子同級生が「ムー」を愛読しているあたりに、
この話が超常的な時空に関わるものであることを暗示しているとともに、
神事に関する描写などを通して、
おそらくは作者自身の神秘学的な造詣の深さも示される。

この作品は、3次元世界で起こっている異常な現象を通して、
多次元的な世界へと踏み込んでゆく。

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主人公2人の交感は、空間的に離れているだけでなく、
時間的にもギャップがあったことがわかるようになる。

彼らは互いにそれぞれの存在を感知するも、
眼前の現実として接触することができない。

「多次元的すれ違い」の状態が長く続き、
しかし物語のクライマックスが近付いたところで、
短い刹那、互いの存在を目の前で確認し合える時点に至る。

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それは長続きせず、「名前」は失われ、
再び互いの存在は引き離される。

そこからまた「再会」への旅が始まる。

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われわれが生きている3次元の日常的現実、日常的意識の中では、
誰かと誰かが出会うのは偶発的に起こることに過ぎない。

が、多次元的に観れば、
そもそも、誰かが誰かに出会うには
前世のような別の時空の影響があると言われる。

また多次元的に考えれば、人間の存在は
次元の階層のさまざまなレベルで平行現実のように
同時進行的に「在る」のだから、
われわれが知覚している世界の中に、
別の世界のエネルギーが入り込んできてもおかしくない。

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つまり、非常に多次元的な一種のねじれのような時空の中で
われわれが存在しているとしたら、
われわれが出会う人間も、多次元的な何かの結果であっておかしくない。

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ただ、われわれはそのことを忘れている。

この人生で経験することの理由や、
その人に出会うことが必然だった理由は、
多次元的世界でのみ明らかなのであって、
この世界の日常的意識では読み解くことができないのだ。

その本質を忘れてしまっている。

だから、「君の名は。」と呼びかけざるを得ない。

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この2人に起きたことは、
われわれが(男女に限らず)人生で出会う人間たちと、
「なぜ出会うことになったのか」の本質的理由とシンクロしている。

それもあって、人はこの作品に衝撃を受け、感動したのだろう。

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そしてその背景には、人類全体が多次元的現実に
目覚めつつあることが強く影響しているように思われる。

「君の名は。」は、人間全体に対する問いかけとも言える。

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