二極性の克服
オリンピックが終わった。
勝負があるのがスポーツというものだから、
その結果は誰にとっても気になる。
だが、終わってみれば、また違う感想を
持つことも可能だろう。
物事は単純に、勝者と敗者には分かれない。
今日、8月15日という日もそういうことではないかと考える。
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勝者と敗者は、それを生み出そうとするシステムがあるから
成立するのであろう。
スポーツは好きでそれをやるのだから、それでいい。
だがすべてがそうであるとは限らない。
そんなことを望んでない人々まで、
勝利と敗北、生と死の二極性に強引に引っ張り込む力というものが、
世界にはいまだに存在している。
人を二極性に屈服させて、支配しようとするのだ。
そういうのから自由になりたいと思うほうがまっとうだろう。
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勝負があるスポーツもまた二極性のうちにあるが、
素晴らしい勝負はその二極性を超えてゆく。
二極性以上の真理を観ている人にも感じさせるのだ。
そういう意味でも、今回のオリンピックは象徴的だった。
この国のこれからを暗示するようなものが多かった。
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団体競技やダブルスで感動のシーンが多かったことは、
とりも直さず、「共有する歓び」そのものだったと思う。
誰か一人がヒーローで引っ張ってゆく図式ではなく、
共同体的に活躍するケースが目立った。
チームワークという言い方ももっともであるが、
それを超えるものを暗示していたようにも感じた。
それぞれが違う個性を発揮しているのである。
各人が各人でありながら、全体としては
とても良い方向に向かった、という印象なのだ。
チームワークのために個性を犠牲にした、というような
ネガティブな感じがどこにもなかった。
また、長年の努力が報われたというストーリーも多かった。
期待されてから10年、いやそれ以上という
選手も多かったのではないか。
さらに、女性が強かった(^^)。
そしてそこに悲壮感がなく、明るかったのだ。
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われわれが生きるこの国には、
世界でもっとも平和な世界を作ろうとしたがゆえに、
世界の苦をもっとも先に味わってきたようなところがある。
1945年の世界もそうだったし、
現在もそうだろう。
ずっと昔もそうだったかもしれない。
私は信じているのだが、二極性という人類全体のカルマを
克服するようなことも、この国から始まっておかしくないはずだ。
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