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zoom RSS 野営という雛形

<<   作成日時 : 2017/08/26 21:55   >>

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すべからくキャンプというものは仮住まいである。

ふつうは長くてもせいぜい数日だろう。

     ●

見方は人によるだろうが、
キャンプの写真にどこか切なさがつきまとうのは、
それが、われわれのこの星における地上生活のもっとも
凝縮された形態のように見えるからだ。

人生とは、すべからく野営のようなものなのだ。

われわれは期間限定でこの星に滞在し、
この星の空や風や水や生きものや人々を愛で、
そしていつか、野営を畳んでここから去る。

     ●

キャンプとは、人生の模型であり雛形でもある。

キャンプ場はマトリックスから自由だから、
地位や富や業績などはほとんど意味を持たない。

イタリア製の高いスーツを着込んで現れても、
イタリア製のエキゾチックスポーツカーで乗り付けても、
馬鹿馬鹿しく見えるだけである。

     ●

キャンプ場では、その人がこの星の何を愛しているのかが
よく見えるだけなのだ。

もちろん、見ようと思えば、
日常生活でもそれは見えるけどね。

     ●

何を持っているか、何を成し遂げたかなど、
キャンプ場ではほとんど無意味である。

その人が何を考えているのか。

それは自然に近い場所ではより見えやすいのかもしれない。

     ●

自転車の旅も、キャンプと同じようなものである。

それも、人生の雛形である。

今日び、多くの人が旅行用自転車よりも
競争用自転車を好むというのは、
世の中の一般的な人生観を反映していよう。

     ●

その人がいちばん愛していることに、
その人の生き方がはからずも現れる。

むしろそれは、隠すことが難しい。

     ●

ナマステ。ピース。アドナイ。










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