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<<   作成日時 : 2017/06/27 11:55   >>

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チャネリング系/ニューエイジ系には、
けっこうラディカルな人間観/人類観というものが存在する。

     ●

多くの人は3次元の世界をひとつの基準値/基準座標と
見ているために、そこから視座が転位することを望まないし、
あまり考えようともしない。

3次元が経済牢獄的状況でもそうなのである。

     ●

かつては、そういった認識論的限界を打破しようとするのは、
宗教や形而上学であった。

今ではそんな小難しいこと考えなくても可能である。

     ●

いまだにUFO現象や心霊的現象を一切認めようとしない
ある意味非常に3次元的に純粋な人々も存在するが、
それはその方々の自由意志だから放っておくとして、
大半の人の直観は、3次元以外の世界の存在を、
たとえおぼろげであったとしても、それなりに意識してはいる。

転生や死後の世界をまったく否定しているのでなければ。

     ●

さてそれで。

多くの人は現在の人間という足場に立って生きているので、
人間としての人生が第一義である。

つまりそれが目的なのである。

いくら哲学的、認識論的に進歩しようと、
あるいは人類の平和的共存に寄与しようと、
ボロ屋に住んだりビンボーしたりじゃ意味がない、
と考える人が多いのは、
3次元の人生の現実を最も重要な世界とみているからである。

それを簡単に揺すぶる見方があったりする(^ ^)。

     ●

大御所チャネラーであるバシャールには
以下のような発言があるらしい。

「われわれはスピリチュアルな体験をしている人間なのではなく、
人間の体験をしているスピリットなのです」

     ●

つまり、好き好んで、わざわざ、
この監獄惑星での苦悩の多い人生を生きている、
と言っているのであろう。

なんで?

それは今までウンザリするほど語られてきたように、
われわれが3次元という低い波動の世界を
後学、あるいは進化のために体験しているからだ、
ということになる。

ずいぶんだなあ、という気もするが、
しかしある意味、非常にスッキリする。

      ●

監獄惑星で経済的英雄になろうが、
凡人として生きようが、
多次元的世界から見ればそれは同じなのであって、
どっちも「実験」または「旅」のようなものなのである。

ところがそのミッションに志願したことを
自ら忘れているので
「なんでこんなひどい世界に」みたいなことになる(^ ^)。

      ●

視座の転換は、われわれの認識を変える。

ミッション、あるいは一種のゲーム、
あるいは人間という存在の内部からの探検者として
この世界に存在しているのだ、という風に考えると、
どこか可笑しくなるのである。

ここで勝ち誇っても、そんなことにほとんど意味はなく、
ヘラヘラ旅を愉しむほうがずっといい、という気分になる(^ ^)。

     ●

ナマステ。ピース。アドナイ。










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