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zoom RSS 旅は人生の縮図だから

<<   作成日時 : 2017/02/21 15:10   >>

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「旅は人生の縮図である」と言われる。
これを別の切り口から考えると、
なかなかに興味深い。

つまり、
「旅にはその人の生き方が現れる」
ということだ。

     ●

世の中で考えられている旅や旅行の大半は、
「おすすめ観光ルートを行くツアー」なのだ。

それはもっとも商品化しやすいし、
大量の人数を動員しやすいし、
不特定多数に理解しやすい事物を対象に選ぶので、
ほかの人に体験の説明が容易である。

われわれが自発的に行う
個人のシクロツーリスムとはだいぶ様子が違う。

     ●

まったく同じではないとは言え、
そういう商品化されたツアーというものは
規格化されていると言っても過言ではない。

つまりそれは、
他人の作品であり、他人が作った行動パターン
だということだ。

それでもそういうツアーは
多くの人々に好まれている。

大量消費型の観光バスが減っても、
世界遺産にどっと押し寄せるマイカーは減らないし、
近頃では、自転車でも
大勢そろってあっちこっち回るツアーがある。

     ●

多くの場合、旅はその人によって自作されず、
規格化されたパターンを辿っている。

なぜか。

「旅は人生の縮図である」ということに立ち返れば、
そういう最大公約数的な旅が好きな人は、
人生においても最大公約数的で規格化された様式を
好むというのがある。

     ●

良い企業に勤め、
良い家を建て、
賢い子弟を持ち、
面倒くさいことは考えずに、
模範的な豊かさを求めて一生を送る。

それが多くの人の求める
「人生のおすすめルート」だから、
その縮図である「旅」も
そのようになっているのだ。

オリジナリティよりも、
容認されたオーソリティが必要とされている。

     ●

旅に使う乗り物が、
自転車か、マイカーか、バスかという点に
大きな差があるわけではない。

現在の観光政策が自転車に注目しているのは、
オリジナルな旅を体験してほしいからなのではなく、
陳腐化したバス旅行の代替物を
半ば無意識に求めているからである。

見映えが変われば、新しいことに
取り組んでいるような気分になれるのだ。

しかし本質はほとんど変化していない。

     ●

われわれが求めるようなやり方の旅は、
実際には商品化がほとんど不可能なのだ。

経済効果がないわけではないが、
一人とか数人で行動するシクロツーリストの
経済効果を算出することは不可能に近く、
また観光コンベンションシステムがそれを大真面目に
考えることもないだろう。

     ●

個人が好き勝手にやるような旅は、
カネや経済といったこの3次元を支配している構造に
そもそもほとんど興味がないからなのである。

     ●

旅は人生の縮図であり、
旅にはその人の生き方が現れる。

見ていればわかる。

人と同じような人生を歩みたい人は、
人と同じような旅をしようとする。

そうでない人は、
自分の旅をする。

どちらを選んでも良いように、この世界はできている。

     ●

ナマステ。ピース。










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