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zoom RSS 旅行用自転車はなぜ普及しないのか

<<   作成日時 : 2017/02/01 20:15   >>

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世間が自転車ブームだと言われていても、
ランドナーやアメリカンなツーリングバイクは
一部のユーザー層にしか普及していない。

1970年代後半のような、
ロードレーサーと人気を二分していた時代は
二度と訪れないのかもしれない。

なぜなのか。

     ●

ひとつには、2000年以降のロードバイクブームが
グランツールに代表されるようなエリート志向であって、
「のんびり散歩しよう、旅しよう」みたいな
気分がほとんどないからでもある。

実際、そういう行動のための自転車でもない。

     ●

もうひとつは、近年の自転車ブームもまた
「エリート」によって先導されてきたからではないか。

ロードバイクのような競技志向の自転車は、
「勝つために乗る」自転車でもある。

そしてまた、相当に値の張るカーボンバイクは、
かなりの財力がなければ買えない。

つまり、「勝ち組」を自負する人々が
乗るケースが少なくないだろう、ということだ。

昔のように「自分は単なる自転車バカ」という
自意識の上に立っているのではなくて、
「社会的にもそれなりに成功し、
自転車の社会的意義についても意識が高く、
また自分のフィジカルを自分でコントロールし、
できるだけ良い状態を保つために
自己を律することができる」
みたいな人が多いように見える。

ま、私の偏見だろうけどね(^ ^)。

     ●

ロードバイクそのものに、
「適当に寄り道してゆるゆるやりましょう」
というようなオーラはない。

競うための自転車だからだ。

     ●

自分も含めて、半世紀ぐらい人間を観察していれば
やがて人は気付く。

多くの人が社会の中で抱えている意識は、
決して口には出さなくても
「負けたくない」
「勝ちたい」
「俺様のほうが上」
というようなことなのだ。

どうしてそこまで勝ち負けにこだわるのか、
という疑問も当然湧くのだけれど、
だからこそ、
スポーツ番組は人々を引き寄せ、
莫大な資金を使うオリンピックも
少なからざる人々が歓迎する。

     ●

ロードバイクのような「勝負自転車」は、
今日びの人々のそういう根源的な志向に合っているから
普及したのであろう。

かつては自家用車もそうだったので
(いまだにそう思っている人もたくさんおられるが)
年収などのヒエラルキアに応じた
ラインナップが作られていた。

3.11以降の世界では、
高級車に乗っているからといって、
必ずしも羨望の対象にはならないであろう。

その人にそれが必要なだけで、
「私は軽で充分」という人だってたくさんいるのだ。

     ●

旅行用自転車が普及しないのは、
まず基本的には自転車で旅をする人口が
少ないからである。

ただ、ロードバイクだって、
実際にレース活動をやるアマチュアの人口は
増えていないわけで、
本当にレースに出場したり実業団登録している
人はかなり限られる。

四輪車を見ればよくわかるように、
乗り物の文化はその用途の方向のみで
発展するかというとそうばかりでもない。

ロードレースをやらないのに、
ロードバイクに乗る人がたくさんいるのだから、
旅をしないのに、
旅行用自転車に乗る人がもう少しいてもいいはずだが、
実際にはあまりそうなってはいない。

なぜか。

     ●

ひとつには「旅」は、
してみなければなかなかその魅力が
わからないということがある。

ただしこうも言える。

人間には直観力というものがあるので、
したことがない人でも
面白そうなことには飛びつくのである。

必ずしも経験によって旅に惹かれるわけではない。

     ●

世の中の多くの人は、
おそらく一生、「旅」というものをしない。

そりゃまあ、年に一度の温泉旅行やバス旅行や、
旅行代理店が主催している海外ツアーには行くだろう。

このブログの読者の方々には説明不要と思うが、
そういうのがわれわれの言う「旅」ではない。

名所を訪れたことを自慢できるための体験として、
われわれは「旅」をするわけではなく、
むしろ逆に、俗世や浮世が見出せないようなものを
見るためにペダルを回すのである。

シクロツーリストやバックパッカーや野宿野郎や
キャンプ野郎やトレッカーやカヌーイストがやっているようなことは
だからたいがい、「旅」である。

そして、シクロツーリストやバックパッカーや野宿野郎や
キャンプ野郎やトレッカーやカヌーイストになる人は
人口の一部に過ぎない。

     ●

世間の多くの人々は、「旅」など必要としてない。

なぜか。

彼らはもう出来上がった人間であり、
人生に必要な答えもすでに獲得している。

二極性の中で「勝ち組になること」、
「自分の家族や子弟もまた勝ち組になること」
「平穏無事に安定して過ごせること」などが
それであろう。

それのどこが悪い、と言われれば
確かにそうなのである。

少なくともこの浮世のマトリックスは
そういうことによって成立しているのである。

     ●

しかし「旅」は、マトリックスの外側に出ることを
旅人に求める。

ネオが赤いピルを飲むように、
真実を知る、もしくは少なくとも
真実を知ろうと思うことが必要になる。

その場合、「勝ち組」「俺様」「一生安定」というような、
マトリックスの内部でしか通用しない概念は、
その通り外の世界では通用しない。

     ●

多くの人は「旅」になど興味はない。

マトリックスの中で一生を終えるには、
それは知らないほうがいいことでもある。

     ●

それが旅行用自転車が広範に普及しない、
ひとつの重い理由と考えられる。

     ●

ナマステ。ピース。










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