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zoom RSS なんでそうなるのか

<<   作成日時 : 2017/01/30 11:55   >>

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私を含むランドナー愛好者の諸兄らが、
なぜ今日びのロードバイクやそのコンポーネンツに
ろくに興味を持てないかという点には
ちゃんと理由があるのであった。

きわめて大きな要因のひとつとして、
デザインのテイストが
自分たちの好みとあまりに異なるからなのだ。

     ●

特に日本製のコンポーネンツに関しては、
やたらと「劇画調」であるからだ。

これは何も最近始まったことではなく、
すでに1970年代末期にはそういう兆候があった。

     ●

だいたい、MTBのようなアメリカナイズされた
自転車が台頭してきたときも
ランドナー愛好者の多くにアレルギー症状が発生した(^ ^)。

私はMTBで自転車に戻ってきたから
割とそうでもなかったんだけど、
何色も使ったフレームのペイントがいやで、
地味目の単色のフィッシャーを買ったのだった。

     ●

そういうのはランドナー世代だけの現象ではない。

四輪車の世界も近年は
デザインテイストの変貌が激しいために、
新世代のハイブリッド車など、
あまりにアニメチックでいやだ、という声も聞く。

自転車の世界ではそれがもっと早く
そうなっていたということなのだろう。

     ●

日本製自転車パーツだって、
某社が市場を席巻するまでは
違うテイストのものもあったのだった。

     ●

昔のカンパなどは、
オクシデンタルな文明特有の彫塑的なプレゼンスが
非常に明確だった。

変速機ひとつの中に、彼らの文明の本質が
凝縮されていたという面もあったのだった。

     ●

今日びのわが国の文明がコミックやアニメに
代表されるとすれば、
自転車パーツや四輪車がそれっぽくなるのも
無理はないかと言う気がするが、
やっぱりサブカルチャーの域を出ないような気もする。

     ●

四輪車のデザインでは、
欧米のメーカーのように過去に回帰して
それをリブートする方法が
ここ10数年続いている。

しかしこれももはや「新しい答えが見つからない」ゆえの
苦し紛れのような気もしないではない。

かといって、
最近出てきた劇画的、アニメチックなデザインもまた、
一方向に突出し過ぎていて、
とても古典になるようには見えない。

     ●

デザインというのは難しいものだねえ。

     ●

四輪車というのはそれなりに選択の幅がある。

しかし、自転車のコンポーネンツというのは
ほとんど寡占状態なので、
ふつうのユーザーにとっては選択の余地がほとんどない。

     ●

その結果、不特定多数と異なる趣味のある層は
市場そのものを見切ってしまうのである。

われわれのようなランドナー愛好者が
「別に今日のロードバイクやコンポーネンツは特段欲しくない」
と言ってソッポを向いてしまうのも、同じ現象である。

     ●

そういうこと自体、近代の大量生産産業主義が
賞味期限切れになっていることの証左のようにも思えるのであった。

     ●

ナマステ。ピース。










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