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zoom RSS 『肉声の昭和写真家』

<<   作成日時 : 2008/10/20 23:30   >>

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画像

カメラを好きな人は多いのだけれど、
芸術としての写真や、写真家に強い関心を持つ人は、
それほど多くはないのかもしれない。

仮にそうであったとしても、この本に取り上げられている
「昭和の写真家」の名前は、
かつて押し入れの暗室で引き伸ばし作業に没頭していたような、
「昭和の写真少年」(私もその一人だった)には、
まさしく遠いアルプスの峰々のような人々だった。
写真雑誌や、その別冊のDPE解説本などで、
何度彼らの名前や作品を眼にしたことだろう。

名前や作品だけ知っていて、
ご本人のポートレイトを今回初めて拝見し、
この人がああいう写真を撮っていたのか、と改めて感嘆したりもした。
著者の岡井耀毅氏の筆致もまた独特で、
それぞれ大きく傾向の違う写真家たちを取り上げながら、
それぞれの作品と人間を、丁寧に掘り下げてゆく。
そこには写真家とその芸術に対する深い理解や共感があり、
写真というレンズを通して、写真家という存在が見えてくる。

私と同じような世代が、DPEに夢中になったりしていた頃、
彼らはすでに巨星だった。
銀塩という化学の魔法で、映像が紡がれていた時代の名匠たち。
その彼らの仕事の現場をスナップした画像も散りばめられていて、
それらにも思わず引き込まれる。
むしろ、写真家がついぞレンズを向けることのなかった
彼ら自身に、この本の写真点数は多く割かれている。
(多くが小さな画像だが、ざっと数えたら本全体で60点くらい写真が載っていた)

本文中の写真はもちろんモノクロだけれども、
その画像の印刷を引き立てるためか、新書には
異例なのではないかというような紙質が選ばれているあたり、
印刷に詳しい人は、オッと思うかもしれない。

昭和は日々遠くなり、
銀の魔法はいつのまにか電子のマトリックスに変わり、
カメラ業界そのものも激変した。

それでも、1970年代に写真に出会って夢中になった私にとって、
バライタの印画紙の上に現れるような画像の記憶は、
いまだに彼らの全盛期の作品群の記憶とも重なるのだ。
「昭和の写真少年」たちよ、旧い名機の手入れもいいけれど、
ありし時代の大いなる先輩たちの肉声にも、耳を傾けたいものだ。






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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
時分が生まれた時代がいつの間にやら遠い昔になってしまった。とはいっても消えてなくなってしまったわけではなく、脈々と私達の中に息づいている訳ですが。
たぬきさん
2008/11/03 13:50
ついこないだまで昭和だったのに、
もう20年以上も前ですからねえ。
おっさんになるわけだ。
白鳥和也
2008/11/07 01:33
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