自転車文学研究室

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 道にあるもの

<<   作成日時 : 2008/06/19 12:00   >>

トラックバック 0 / コメント 5

画像


道や道路というものは、通常、
交通や輸送のための空間と考えられている。
当然、これに面した住居、街区等にとっては、商空間や生活空間の一部でもある。
近年は、景観や歴史、文化史的な意味合いもようやく認められるようになったが、
公共的空間であるために、力関係の葛藤が生じ、一例として、
自転車が原則車道通行であることは、あまり理解されているとはいいがたい。
徒歩や大名行列の時代から、道路にはそういう属性もついて回っている。

旧い道、かつて主要な街道であったが、
現在は地元の人にすらもほとんど忘れられたような道、
旧い道としての歴史を持ちながら、その幅員や機能が、自動車に代表される
現在の主要な交通機関の多量かつ円滑な通行に適さないものとなったために、
一線を退いたような道が、しばしば地方都市に生き残っている。

そのような道は、もはや社会資本としての使命を終えており、
特別に有名な街道筋でもなければ、再びそこに資本が投下されて、
道の劇場として飾り立てられることもない。
けれでもだからこそそこには、その道が時間のなかにおいて蓄積してきたものが
残照のようにゆらめいてたたずんでいるのであって、それは非物質的なものにほかならない。
いつかそれにふさわしい時代が来たときに、旧道というものは、そこを辿った無数の人々の
精神や魂や身体が作り上げた、無作為の共同体的芸術として理解されるようになるだろう。

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
それは、そんな遠くない未来だと思います。すぐそこまで来ているのかも?
たぬきさん
2008/06/19 18:58
そうであって欲しいと思います。
白鳥和也
2008/06/19 21:15
しごく便利になった現代社会で我々は生活しているが、気付かずに失ったものも多い、と誰かが言ってました。そのことを理解しているのか、はたまた解らずにいるのか。それとも解っていない振りをしているのか。自分はどれだろう?
たぬきさん
2008/06/23 09:50
物流のための幹線道路は本来「裏」であるべきだと考えます。欧州の町が魅力的なのは、人の通る道が「表」で、自動車のための道は「裏」のままだからではないでしょうか。

裏表が逆転してしまったのは道だけではありません。
河川はかつて「表」でした。いまや「裏」の存在になっています。
カヌーで川を下ると、かつて「表」だった風景を「裏」から眺めることができます。

自転車が魅力的なのは、そういう本来「表」たるべき、でも今は「裏」の場所に入っていけるところにもあるように思います。
kaz
2008/06/25 22:53
これは大変に深い考察ですね。
欧州のツーリング経験やカヌー経験豊かな方でなくては
見えてこないものが、たくさんありそうですね。
白鳥和也
2008/06/26 00:12

コメントする help

ニックネーム
本 文